オーストラリア永住権に向けての新たなる挑戦はじまる

たった一度受けただけのIELTSでしたが、もう、すっかりあきらめモード。
結局、嫁にはIELTSの結果を伝えることもできず、その日を境に、
僕からオーストラリアの話題を触れることもなくなりました。

それから時は経ち、2005年の春。

あきらめたとはいいつつも、何も行動を起こさなかったこの1年半の間、
本屋に行けば、「オーストラリア留学特集」「憧れの海外に移住する」なんて文字を目にすれば、手に取って、立ち読み程度はしていましたし、インターネットでオーストラリアに永住した人の体験談を見つければ、流し読みくらいはしていたんですね。

心のどこかで、「チャンスがあればまた挑戦してみようかな」、
という気持ちが芽生えてきたのもこの頃です。

そしてある時、以前相談に乗ってもらったエージェントにメールを送ってみたんですね。今一度、オーストラリアの永住権をとる可能性が僕にはあるのか?と。

エージェントからの返信メールによれば、日本の事務所ではオーストラリアの永住権関連の業務を担当しておらず、今はオーストラリアの関連会社がその業務を担っている旨、連絡がありました。スタッフサービス(現スタッフソリューションズ)という会社のシドニーオフィスからでした。

それから、担当の方と何度かメールのやり取りをしていくうちに、大学院ではなく、TAFEという専門学校で職人コースを卒業して永住権を取るのはどうか、という提案を受けました。

大学院入学ですと、IELTSは6.5のスコアが必要ですが、
TAFEですと5.5で大丈夫とのこと(いずれのスコアも当時)。
「5.5なら、勉強すれば取れるかも!よし、もう一回やってみるか!」という気持ちになったのです。

さぁ、もう一度、本腰を入れてIELTSの勉強に取り組まなければなりません。

当時、IELTSの参考書といえば、日本語で書かれてあるものはほとんどなく、
基本的には洋書のみ。

では学校はどうか?東京でも、IELTS対策コースを受けられる学校はほとんどありませんでした。でも探しに探して、結局、飯田橋にある学校で3ヶ月間IELTSの対策コースを受講することにしました。週1回で確か受講料が10万円ちょっとしたと思います。痛い出費でしたが、何が何でも5.5を取らねば、という思いがありました。

IELTSの参考書

今では、IELTS関連の参考書も日本語で書かれてあるものも含めてたくさんありますね。スピーキング対策にしても、オンラインでマンツーマンで学べる英会話スクールもたくさんあるので、あえて対策スクールに通わなくとも、自宅にいながらIELTSのスコアは伸ばせると思います。何よりお金がかかりません。

個人的にはIELTSの試験対策なら、オンライン英会話のカランメソッドで勉強するのがいいかと思います。とにかく強制的にも話さざるを得ない環境をつくることが大切ですね。

そんなこんなで、IELTSのテストを申し込み、日程を対策コースが終わった直後に選んだのですが、とにかく、対策スクールでは問題を解きまくりました。おかげでリスニングとリーディングに関しては、以前よりも自信がついてきたのですが、問題はライティングとスピーキングです。

特にスピーキングは、対策コースの授業でも生徒が5人いたので、そんなに話せる時間もありませんからね。日頃からネイティブの人と話す機会なんてありませんから、こればっかりは最後まで不安でした。今だったら、間違いなくオンライン英会話スクール使ってましたね。

ライティングに関しては、参考書の回答を暗記しましたね(笑)
英語特有の書き方がありますから、とにかく暗記して頭に叩き込みました。

あとは野となれ山となれ、という気持ちで約2年ぶりのIELTSの試験に臨みました。

そして2週間後、試験結果が自宅に届きました。
もう、封筒を開ける前から心臓がバクバクしてましたね。何しろ、この結果次第でオーストラリア移住に向けての次のステップに行けるかどうかがかかってましたから。

そして結果は、オーバーオールで5.5(アカデミック)

ギリギリでしたが、TAFE入学の要件はクリアしました!

やったぞ!、 目の前がすーっと開けていくような気がしました。


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