パースの語学学校へ入学、そしてあっという間に日本へ

語学学校は通常、毎週月曜日に入校できるので、世界中から生徒がぞくぞくと入ってきます。

やはり事前にエージェントに聞いていた通り、日本人、韓国人、中国人をはじめアジア人が多い語学学校が多いですが、僕が通った語学学校も日本人の生徒が全体の40%くらいを占めていました。

語学学校ではまず、軽いテスト(入学試験)が行われレベルに応じてクラス分けされます。
そして朝9時から3時まで、それぞれクラス分けされたグループで授業を受けます。

生徒の平均年齢は、だいたい20代前半くらい。もうすぐ30に手が届きそうな僕は、
ちょっと浮いていたかもしれませんね(笑)

僕の場合は語学学校に1週間しか通わなかったので、英語力がどうのこうのいっているあいだに、
終わってしまった感があります。
それでも授業の最終日には、無事卒業ということで、みんなの前で記念のスピーチをさせられました。突然「スピーチしてくれ」と頼まれたので、何も準備しておらず、あせって何をしゃべったのかほとんど覚えてません。


I want to come back here someday,とか何とか言った記憶があります(笑)

僕の1週間のオーストラリア滞在は、本当にあっという間に過ぎて、日本の喧騒から離れて ようやくオーストラリアの生活に慣れたかな、というところで帰ることになりました。

最後の日のディナーは、ホームマザーが腕をふるって、ご馳走を用意してくれ、 家族のみんなとスイス人の留学生と一緒に、夜遅くまで、いろいろと語りあいました。

そうそう、僕がスイス人の彼に、「いつかオーストラリアで暮らしたいんだ」と話すと、 彼は笑みを浮かべて、「思い続ければ、その夢絶対かなうよ」と言ってくれたのがすごい嬉しかったなぁ。

そう、あの時僕は自分に誓いました。
いつかオーストラリアの永住権を取って暮らすことを。

翌日、ホストファーザーにパースの空港まで車で送っていただきお別れを。
たった1週間でしたが、本当に良くしてもらい、ハグしてくれた時には、
ちょっと涙が頬を伝わりました。素直に、もう少しステイしていたかったなぁ。

日本に戻る途中、シドニーに寄りました。シドニーもいいけど、やっぱり、ちょっと田舎(?)具合の残るパースのほうが 僕にはあってるかな、と思いましたね。

そして日本への帰路へ。


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